私はこれまで旦那さんよりも一日でも長く生きたいとい
う気持ちがありました。

家事はほとんどしない旦那さんなので私が先に逝くと
生活面でかなり支障が出て苦労するだろうと思って
いたのです。

でもその思いは一瞬にして崩れていきました。

6月10日 父(享年70歳)が他界しました。


母+三姉妹 女ばかりの家族の中で寡黙な父はほとんど
意見を言うことはなく、常に私たちの行動を見守っている
優しい人でした。

女の子しか授からない家系は父親が優しい人だと聞いた
ことがあります。

私たちと同じく女系家族を見かけると「やっぱり優しそうな
お父さんだ」といつも納得していました。

7年前に肺がんが見つかり、すぐに手術をしたのでガンで
死ぬことはないだろうと特別不安なことはありませんでした。

元々タバコは仕事中には吸わず、食後や飲み会で吸うくらい
でヘビースモーカーでもありませんでした。

そんな父が「タバコが美味しくない」と言うようになり義母の
付き添いでの病院で自分も検診してみるかなと軽い気持ちで
受診したことが早期発見でもありました。

術後は安定していて1カ月に数日入退院の繰り返しを何年も
経験しましたがかなり元気になり旅行や趣味のテニスなどで
楽しんでいました。

それが今年の冬あたりから食べることがキツくなり歩くことも
嫌がりどんどん痩せ細っていきました。

自分からお願いすることが出来ない人でしたが
「腰 マッサージしてくれないか?」
「足が痛い」などと弱音を吐くようになりました。

80キロ台まであった体重も60キロまで落ち、もう誰も父だと
気づかないほど痩せてしまいました。

毎日のマッサージが日課になり、変わりゆく父を見て
そろそろ心の準備は必要だと思っていました。

そして、
子供のように私をじっと見つめ何か言いたそうなことが何度
もありました。

ここで私が
「何?」と、聞くと最期の言葉になると思うと怖くてすぐに
マッサージを終え逃げるように病室から出て行きました。

きっと長女である私には何か伝えないといけないと思って
いたのでしょうが最期の言葉を聞いてしまったらもう父は
生きる気力がなくなるだろうと怖かったのです。

父の最期の言葉は聞けませんでしたが一日でも長生き
できただろうと後悔はしていません。

妻、娘、娘婿、孫と多くの人達に見守られ旅立っていく
父はとても幸せだったと思います。

人に迷惑をかけることをとても嫌っていた父は先祖に
関わる供養を全て終わらせ、また残していく家族のスケ
ジュールを把握し死ぬ日まで選んだかと思うほど家族の
都合の良い日に息を引き取りました。

7年という歳月の中 死がいずれくることも覚悟し、それが
秒読み段階だということもわかっていましたが死と直面
した時 家族は動揺しかありませんでした。

残された家族の心の痛み。

これを経験してしまったらもう
「旦那さんよりも一日でも長く生きたい」
とは思いません。

本日 父の誕生日 生きていれば71歳でした。


私も父に言えなかった一言

お父さん ありがとう coun2-1




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